THE TREE OF LIFE ~生命の木~

世界日記 (番外編)

   
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ウクライナ
「FIFAランキング:45位、初出場」
(言語:ウクライナ語、首都:キエフ、人口:4801万人)
ソビエト時代、代表に招集されるほど優秀な選手を数多く輩出していたウクライナ・サッカーだったが、ソ連が15の国家に分離し、各国がFIFAに加盟した直後、そのレベルは即座に地に堕ちる事となった。しかし、一人の天才ストライカーの台頭により、長きに渡り低迷を続けたかつての大国は希望を見出す。世界一の点取り屋「アンドリー・シェフチェンコ」の出現である。イタリア・セリエAで二度も得点王の座に輝いた彼は、新生ウクライナ代表の中心選手になった。周囲からは「シェフチェンコのワンマン・チーム!」との声が多かったが、知将ブロヒン監督の下、組織的な守備力を高めたウクライナは、強豪揃いの欧州予選をトップで通過し周りを黙らせた。見事欧州最速で本大会出場を決めた黄色い戦士達、彼らは開幕後も多くのサッカーファンを驚かせる。初戦でスペインに0-4で敗れ意気消沈したかと思えば、今度は第二戦でサウジアラビアを4-0で倒した。決勝トーナメント一回戦でも多くの予想に反し、PK戦の末強国スイスを打ち破った。ワールドカップ初出場でいきなりベスト8まで上り詰めた黄色いダークホース「ウクライナ」、準決勝進出を賭け今度は地中海ブルー「イタリア」の首を狙う。

監督:オレグ・ブロヒン

GK 23 シュスト
    (1986/3/4)シャフタール ドネツク
GK 1 ショフコフスキー
    (1975/1/2)ディナモ キエフ
GK 12 ピャトフ
    (1984/6/28)ボルクスラ ポルタバ
DF 5 イェセルスキー
    (1976/11/15)ドニプロ ドニプロペトロフスク
DF 17 ヴァシュク
    (1975/1/2)ディナモ キエフ
DF 22 スヴィデルスキー
    (1979/1/1)アーセナル キエフ
DF 13 チングリンスキー
    (1986/11/7)シャフタール ドネツク
DF 2 ネスマチニー
    (1979/2/28)ディナモ キエフ
DF 3 ヤツェンコ
    (1985/2/24)ハルキフ
DF 6 ルソル
    (1983/1/16)ドニプロ ドニプロペトロフスク
MF 16 ヴォロベイ
    (1978/11/29)シャフタール ドネツク
MF 19 カリニチェンコ
    (1979/1/26)スパルタク モスクワ
MF 14 グシン
    (1972/12/11)クリリヤ ソベトフ サマラ
MF 9 グセフ
    (1983/4/25)ディナモ キエフ
MF 8 シャラエフ
    (1976/11/5)ドニプロ ドニプロペトロフスク
MF 4 ティモシュチュク
    (1979/3/30)シャフタール ドネツク
MF 18 ナザレンコ
    (1980/2/16)ドニプロ ドニプロペトロフスク
MF 21 ロタン
    (1981/10/29)ディナモ キエフ
FW 10 ヴォロニン
    (1979/7/21)バイヤー レバークーゼン
FW 7 シェフチェンコ
    (1976/9/29)ACミラン
FW 20 ベリク
    (1981/2/15)シャフタール ドネツク
FW 15 ミレフスキー
    (1985/1/12)ディナモ キエフ
FW 11 レブロフ
    (1974/6/3)ディナモ キエフ
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