THE TREE OF LIFE ~生命の木~

世界日記 (番外編)

   
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イタリア共和国
「FIFAランキング:13位、12大会連続16回目の出場、優勝3回(1934、1938、1982)」
(言語:イタリア語、首都:ローマ、人口:5748万人)
天才ストライカー「パウロ・ロッシ」がイタリアを3度目のワールドカップ優勝に導いてから早24年、あの日から地中海ブルー(アズーリ)のユニフォームは一度も世界一の風になびいていない。優勝が絶対条件とされた1990年の地元イタリア大会においても、準決勝でPK戦の末アルゼンチンに敗れ、三位決定戦では勝利を収めたものの、残念ながら世界一には手が届かなかった。そして1994年、イタリアの至宝「ロベルト・バッジォ」を擁しアメリカに乗り込んだイタリア代表は、幾度もの奇跡を起こし決勝戦まで勝ち上がった。しかし、猛暑のなか120分間戦い抜いた後のPK戦、ポニーテールのエースが右足を振り抜いた瞬間、またしてもアズーリの優勝は夢と消えた。そして2006年ドイツ大会、新生イタリア代表は、偉大なる先輩達から授かった伝統戦術「カテナチオ」と、セリエA得点王「トーニ」を中心とした多重攻撃とを組み合わせ、イタリア独自の新たなカルチョ・スタイルを編み出した。一次リーグ、アメリカとは1-1で引き分けたが、ガーナとチェコを共に2-0で破り一位通過。鉄壁の守備に加え、攻撃にも秀でた芸術的サッカー、大会前からイタリアの優勝を予想するファンが多かったのもうなずける。決勝トーナメント一回戦では、名将ヒディング率いるオーストラリアにややてこずったものの、1-0の完封勝ちを収め見事世界8強に名を連ねた。ちなみに代表のメンバーは全て、国内リーグ「セリエA」でプレーする猛者達だ。世界最高峰のスター軍団による華麗なカルチョのハーモニー、それは黄金のトロフィーを手にするまで奏でられる。正直、初出場の「ウクライナ」など眼中にない。

監督:マルチェロ・リッピ

GK 14 アメリア
    (1982/4/2)リボルノ
GK 1 ブッフォン
    (1978/1/28)ユベントス
GK 12 ペルッツィ
    (1970/2/16)ラツィオ
DF 22 オッド
    (1976/6/14)ラツィオ
DF 5 カンナヴァーロ
    (1973/9/13)ユベントス
DF 3 グロッソ
    (1977/11/28)パレルモ
DF 2 ザッカルド
    (1981/12/21)パレルモ
DF 19 ザンブロッタ
    (1977/2/19)ユベントス
DF 13 ネスタ
    (1976/3/19)ACミラン
DF 6 バルザーリ
    (1981/5/8)パレルモ
DF 23 マテラッツィ
    (1973/8/19)インテル
MF 8 ガットゥーゾ
    (1978/1/9)ACミラン
MF 16 カモラネージ
    (1976/10/4)ユベントス
MF 4 デ ロッシ
    (1983/7/24)ASローマ
MF 10 トッティ
    (1976/9/27)ASローマ
MF 17 バローネ
    (1978/4/30)パレルモ
MF 21 ピルロ
    (1979/5/19)ACミラン
MF 20 ペロッタ
    (1977/9/17)ASローマ
FW 15 イアクィンタ
    (1979/11/21)ウディネーゼ
FW 18 インザーギ
    (1973/8/9)ACミラン
FW 11 ジラルディーノ
    (1982/7/5)ACミラン
FW 7 デル ピエロ
    (1974/11/9)ユベントス
FW 9 トーニ
    (1977/5/26)フィオレンティーナ
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