THE TREE OF LIFE ~生命の木~

世界日記 (番外編)

   
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僕はもう若くはない、高校の時のような筋肉など今は見る影もない。
タバコを吸い始めて6年、全力で走れるほどの肺活量も脚力もなくなった
そして鈍り切った体は、屈伸しても手が地につかないほど硬くなった
それでも、僕は今もサッカーボールを蹴っている

異国にきて思い知らされた事、それは「芸以外は身を助けられない」という事。
確かに僕ら日本人は、他の東洋人に比べると欧州での対応は良い方だと思う。
経済大国からネギを背負ってやって来た世間世界知らずの民俗を、欧州人は温かく迎え入れてくれる。
しかし、金のない日本人から価値を見出してくれる人間は非常に少ない。
偉そうに踏ん反り返っている白人どもに自分を認めさせるには、語学力の他にプラスアルファが要求される。
対等な立場でのコミュニケーションを望むなら、欧州文化の土俵上で自らの力を証明するしかない。
以上の事から、僕はドイツに来て再びボールを蹴るようになった。

ブラジル人だからと言って、必ずしも皆サッカーがうまい訳ではない」、かつて日本代表の「10番」を背負った男・ラモス瑠偉(日本国籍)は昔そう語った。
そんな事は当たり前だ。
しかし、僕の知っているブラジル人の中にサッカーが下手な男はいない。
年齢や職業は様々だが、唯一の共通点はサッカー上手とパーティー好きという点だった。
渡独して僕が初めて一緒にサッカーをしたのは彼等とだった。
僕とトルコ人一人を除いた全てがブラジリアンという極端なチームを編成し、語学学校の白人学生(ツィーヴィー含む)を相手に毎週試合を行った。
連戦連勝とはいかなかったが、それなりに能力を示せたと思う。

ブラジル代表
↑渡独して初めてのサッカー仲間

仲の良いブラジリアンがドイツ各地に散ってしまった後、今度はインターネットで知り合った友人達とマンハイムのアマチュアチームに入った。
こっちはこっちで面白かった。
ほとんどの選手が40歳前後というオッサン・チームだったからだ。
走る度に上下に揺れるビール腹、ハゲ頭から繰り出されるヘディング、・・・面白い。
しかも、意外に強い・・・。
まぁ、試合直後に開催される飲み屋でのミーティングは、アルコール嫌いの僕にとっては地獄そのものだが・・・。
サッカー好きのオッサン達には、金のない日本人の実力を完璧に披露できたと満足している。

旅行中にも数回、ユースホステルで若い学生達とボールを蹴り合った記憶がある。
勝負の結果は覚えていない(事にしておいてほしい)が、楽しい時間を過ごせた事だけは今も覚えている。
こうして僕は、何度もサッカー)に身を助けられた。

若者たち
↑旅先で出合った若者達

異国の地で母国の文化を伝えたい、その気持ちは充分理解出来る。
だがそのためには、まずその地の文化を伝えてもらわなくてはならない。
多国籍の友人達と対等な立場で心底から語り合うには、互いの共通語という道を避けては通れない。
僕にとっては、それがドイツ語や英語にあたるのだろう。
しかし、言葉だけでは「意思」の疎通は出来ても「意志」の伝達は難しい。
西欧文化の中に入り、その中で自分の能力を証明する・・・、それが互いの「意志」の伝達への一番の近道なのかもしれない。
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