THE TREE OF LIFE ~生命の木~

世界日記 (番外編)

   
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見間違いというのは、誰にでも起こり得る現象だ
それは生物学上どうしようもな事であり、長い歴史と共に続けてきた人類の肉体的進化の限界であると考えられる。
当然、見間違いをしたからといって、個人の人格や能力を否定するような事があってはならない。
例え結果的に悪い方向に進んでしまったとしても、見間違えた本人には何の責任もないのだ
念のためにもう一度言っておこう。
見間違いというのは、誰にでも起こり得る現象だ

僕にはバルセロナから日帰りでモンセラットに行った経験がある。
ノコギリ山を訪れた僕は、黒いマリア像などの有名どころを見学した後、山道を一人ゆっくりと歩いていた。
大自然の中に点在するモニュメント、それらを眺めながらただ黙々と足を進めていると、なぜかとても健やかな気持ちになっている自分に気付いた。
澄んだ清らかな空気は、僕の右手をポケットのタバコに触れさせないほど美味しかった。

ノコギリ山
↑ノコギリ山・モンセラット

黒いマリア像
↑黒いマリア像

しばらくの間ゆったりと散歩していると、木製の矢印看板が視界に入ってきた。
僕はスペイン語もカタルーニャ語も全く読めない。
しかし、この地に有名な修道院がある事やここを訪れる巡礼者も多いという事から、僕はその方向に何やら名所のようなものがあると(勝手に)判断した。
50m」・・・。
細い山道を示していたその矢印看板には、ご丁寧に目安となる距離まで書かれていた。
バルセロナへ戻る電車の時間まではまだ大分余裕があった。
「50メートル程度なら行ってすぐ戻ってこれるだろう」、僕はそう思った。
こうして僕は、狭く険しい山道に自ら足を踏み入れたのだった。
しかし・・・。
・・・??
・・・????
・・・????????
約一時間経過~(この時点で引き返す事を決断)
・・・。
・・・まだ?
・・・はぁ、やっと戻ってこれた。
・・・!?!?!?!?

50min
↑って、「50min」かよ!!

見間違いというのは、誰にでも起こり得る現象だ
それは生物学上どうしようもな事であり、長い歴史と共に続けてきた人類の肉体的進化の限界であると考えられる。
当然、見間違いをしたからといって、僕の人格や能力が否定されるような事があってはならない。
例え結果的に二時間もの貴重な時間を無駄にしてしまったとしても、見間違えた僕には何の責任もないのだ
念のためにもう一度言っておこう。
見間違いというのは、誰にでも起こり得る現象だ
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